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東京高等裁判所 昭和45年(ネ)1130号 判決 1971年8月30日

控訴人(原告) 渡辺高造

右訴訟代理人弁護士 野島武吉

同 徳田幹雄

被控訴人(被告) 相模原市 農業協同組合

右代表者理事 石井孝

右訴訟代理人弁護士 堀家嘉郎

右訴訟復代理人弁護士 桑田勝利

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人は、控訴人に対し、東京法務局立川出張所で、原判決添附第一目録記載の土地建物につき、同法務局同出張所昭和四一年四月二八日受付第六、五八六号でした原判決添附第二目録記載の根抵当権設定登記の抹消登記手続をせよ。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張及び証拠の関係は、次のとおり訂正ないし付加するほか、原判決の事実摘示と同一であるから、これをここに引用する。<中略>

控訴代理人は「民法第一一二条は、かって存した代理権の消滅後に、その消滅を知らずに取引をした当該第三者を保護する規定であって、従来これと何らの交渉なき第三者が代理権消滅後に取引をした場合には、その適用がない。しかるに、本件において、周三がかって控訴人の代理人としてなしたのは、国から本件土地を賃借して同地上に本件建物を建築するに必要な一切の行為と久保田電機から本件土地を買い受けるに必要な行為とについてのみであったが、被控訴人は周三の右代理行為に際して何らの交渉もなかった。従って、本件根抵当権設定の場合には、民法第一一二条が適用されない。」と述べ、なお、「控訴人が昭和四四年九月一九日本件土地建物を訴外合資会社大貫商店に売り渡したことは、認める。」と述べた。

被控訴代理人は、

「(一)控訴人は、勤務先の関係で、昭和三四年頃から昭和四一年四月頃まで金沢市や東京都新宿区方面等に居住し、両親とは別居していた。その間、控訴人は、不動産の取得、処分管理をはじめとして税金の支払等に至るまで実父の訴外渡辺周三にすべて委任しており、これに伴い、所有不動産の登記済権利証及び実印の保管使用を周三に委ねていた。すなわち、周三は、控訴人から控訴人の財産の処分管理につき包括的な代理権を授与されていたのであって、本件根抵当権設定契約は周三の右代理権に基いてなされたものである。

なお、その後、控訴人は昭和四四年九月一九日本件土地建物を訴外合資会社大貫商店に代金一、二〇〇万円で売り渡したが、右売買取引についても契約締結、登記手続及び代金受領の行為は、すべて周三の手によってなされている。

(二)仮に、右主張の周三の代理権が認められないとしても、周三による本件根抵当権設定契約締結については、民法第一一〇条第一一二条の表見代理が成立する。すなわち、周三の代理権はかって前叙各事実について存在していたものであるところ、周三による本件根抵当権設定契約締結の行為は右代理権の範囲をこえてなされたものであり、被控訴人の担当職員井上近信は周三が本件につき正当な代理権を有しているものと信じており、しかも前叙のとおりかく信ずべき正当な理由があったものである。」

と述べた。

証拠<省略>。

理由

一、原判決添附第一目録記載の本件土地建物は控訴人の所有に属するものであるところ、控訴人において本件土地建物につき原判決添附第二目録記載の本件根抵当権設定登記を経由していること、被控訴人は、昭和四一年四月二五日控訴人の代理人と称する訴外渡辺周三との間で、控訴人において同日周三を主債務者として契約した購買代金決済勘定取引契約の元本極度額金一〇〇万円、利息日歩金二銭五厘、遅延損害金日歩金四銭の将来生ずべき債権を被担保債権とする根抵当権設定契約をしたことは、いずれも、当事者間に争いがない。

二、ところで、本件根抵当権の設定につき、被控訴人は周三にその代理権があったと主張し、控訴人は右は周三の越権代理行為によるものであって無効であると主張するので、まず、この点について判断する。

<証拠>を総合すると、被控訴人は昭和四一年四月二五日被控訴人所属の組合員で養鶏業を営む周三との間で購買代金決済勘定取引契約を締結し、周三は被控訴人から農業用品や畜産飼料等を継続的に購買し、その購買代金の貸越極度額を金一〇〇万円とし、貸越金の利息は日歩金二銭五厘、遅延損害金は日歩金五銭で、他方、周三が被控訴人を通じて売却した農畜産物の代金を被控訴人に預金して、購買代金債務の右極度額をこえる金額を右預金から弁済する旨の約定をし、その際、周三は、前叙のとおり控訴人の代理人であると称して、周三の右契約に基く債務を担保する目的で、被控訴人のために、控訴人所有の本件土地建物につき、本件根抵当権の設定をしたのであるが、控訴人は当時周三に対して本件根抵当権設定行為についてまではその代理権を与えていなかったことが認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。従って、周三による本件根抵当権設定は無権代理行為であるといわざるを得ない。(なお、被控訴人は、周三は、控訴人からその財産についての処分管理を一切まかされた包括的な代理権を授与されており、本件土地建物についての本件根抵当権設定も周三の右包括代理権に基いてなされたものである、と主張する。なるほど、後叙のとおり、控訴人の実父である周三において本件土地建物の管理処分についてある程度の代理権を有していたことはうかがえるけれども、本件根抵当権設定行為のことまでも含めた、被控訴人主張の如き包括的な代理権を与えられたと認めるに足る証拠はない。)

三、しかるに、被控訴人は、仮に周三の右代理権が認められないとしても、周三による本件根抵当権設定については民法第一一〇条第一一二条に関する表見代理が成立する、と主張するので、この点について判断する。<証拠>を総合すると、次の各事実が認められる。すなわち、

(一)控訴人は昭和一一年一二月八日生で、周三は控訴人の実父であること、

(二)控訴人は昭和三四年三月(年令二二才)早稲田大学卒業後金沢方面の建設会社に入社したが、同年九月西武建設の前身なる国土開発に転職して今日に至っていること、

(三)控訴人は、昭和四二年二月(年令三〇才)結婚し、立川市所在の本件建物の隣にある周三所有の建物に入居して独立の世帯を構成するようになったが、それまでは、独身のことでもあり、また、勤務の関係上現場廻り等が多かったため、建設現場の宿舎に泊ったり、会社の寮に寝起きしたりして父の周三とは別居し、立川の家には不在勝ちであったので、いきおい、立川のことについては一切周三にまかせざるを得ないような情況にあったこと、

(四)それに、本件土地建物は控訴人所有のものとはいっても、その取得経緯は、当時控訴人が若年の独身者で収入もさして高額でなかったところから、次のような事情によるものであったこと、すなわち、周三は、いずれは控訴人も結婚適令に達して世帯を別にしなければならないから、結婚後の住居を持たせてやりたいと考えていたところから、昭和三五年当時農林省所管の国有農地であった本件土地を本件建物建築の目的で控訴人名義で賃借し、同年一〇月頃(控訴人の年令二三才)控訴人のために建築資金の立替をして本件建物を建築し、同年一二月にはその保存登記手続をしてやる等本件建物の建築取得に関する一切のことをしてやったばかりでなく、さらに、昭和四〇年六月(控訴人の年令二八才)控訴人のために、買受資金の立替をして、本件土地の旧地主として国から払下を受けた久保田電機から、本件土地を買い受け、同年七月にはその所有権移転登記手続をしてやる等本件土地購入に関する一切のことをしてやったこと、

(五)控訴人が前掲(四)認定の経緯で昭和三五年から昭和四〇年にかけて本件土地建物を取得するについては、控訴人は、その間、自己の実印を作製してこれを周三に交付し右認定の本件土地建物取得に関する事項一切をしてくれるよう、周三にその代理権を与えていたのみならず、本件土地建物の取得後も自己の実印や本件土地建物の登記済権利証を引き続き周三に預けたままにし、本件土地建物に関する固定資産税の処理に至るまで周三にしてもらっていたこと、

(六)右の如く、昭和三五年周三が控訴人のために本件建物を建築してやったものの、控訴人は、前叙のとおり、勤務先の関係上不在勝ちで本件建物には居住することができず、周三は、本件建物建築後間もなく、控訴人不在の本件建物に控訴人の兄夫婦を住まわせ、周三自身は本件建物の隣の持家に住んでいたこと、

(七)本件建物については、昭和三五年一二月二三日控訴人名義の所有権保存登記後、(1)昭和三五年一二月二四日抵当権設定登記(抵当権者津久井農協、債務者宮野憲二)、(2)昭和三八年一月二一日抵当権設定登記(抵当権者株式会社さかい商店、連帯債務者渡辺高造、第一木材株式会社)、(3)昭和三九年二月一〇日根抵当権設定登記(根抵当権者川村商事株式会社、債務者第一木材株式会社)がそれぞれ経由されているが、右各登記の手続はいずれも周三によってなされたものであり、右宮野憲二は周三の内妻である森下章子の弟であり、第一木材株式会社は当時周三が経営していた材木屋であること、

(八)その後、周三は、養鶏業を経営するために相模原市に転居し、その取引の必要上、昭和四一年四月二五日被控訴人との間で前叙のとおり購買代金決済勘定取引契約を締結し、なお、その際、周三は、控訴人の代理人と称して、自己の右契約に基く債務を担保する目的で、被控訴人のため、控訴人所有の本件土地建物につき、本件根抵当権の設定をしたのであるが、他方、周三と直接折衝した被控訴人の担当職員である訴外井上近信らは、周三において本件根抵当権設定につき控訴人を正当に代理する権限を有するものと、信じて本件根抵当権設定契約の締結に及んだこと、その経緯は次のとおりであること、すなわち、

(1)周三は、前掲(四)、(五)認定のとおり、本件土地建物取得について控訴人の代理権を与えられた際、控訴人からその実印を交付され、これを使用して前掲(四)、(五)の本件土地建物取得に関する各代理行為をしたのであるが、本件根抵当権設定の際にもこれを使用していること、

(2)周三は、前叙のとおり、前掲(四)、(五)の各代理行為後も本件土地建物の登記済権利証を引き続き、控訴人から預っていたが、本件根抵当権設定前に、その設定登記に使用するため、右登記済権利証をあらかじめ、被控訴人に交付し、本件根抵当権設定の際には、控訴人の白紙委任状、印鑑証明書を被控訴人に交付したこと、

(3)周三は、本件根抵当権設定の際、被控訴人の担当職員である井上近信に対し、「自分は、控訴人からその実印を預っているし、本件土地建物は実際上自分がその買受代金や建築代金等を全部立て替えてやっているので、控訴人からその処分につき一切の権限を与えられている。」旨を述べ、また、その際、前掲二認定の購買代金決済勘定取引契約から生ずる債務を控訴人において連帯保証をする契約についても控訴人の代理人と顕名して代理したこと、

(4)被控訴人は、控訴人が前認定のとおり当時勤務の関係で立川の家には不在勝ちで、直接控訴人の意思をたしかめることが容易でなかったため、さきに津久井農協に勤務中昭和三五年一二月に本件建物につき本件根抵当権設定と同様の契約の取扱をしたことがあって当時被控訴人の金融部に在職していた訴外佐藤信太郎にその事情を尋ねたところ、同人から「右契約の際、周三は、控訴人の代理人である旨顕名して、津久井農協との間で本件根抵当権設定と同趣旨の契約をしたが、そのことについて控訴人からはその後何らの異議の申出もなかった。」旨の報告があり、本件土地建物の登記簿を調査して津久井農協と控訴人との間の右抵当権設定契約等をたしかめたこと、

以上の各事実が認められ、原審及び当審における証人渡辺周三の証言(但し、原審におけるものは第一、二回)、原審における控訴人本人尋問の結果(第一、二回)中右認定に反する部分はにわかに措信することができず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

上叙認定の各事実によると、周三は、前掲(四)、(五)の本件土地建物取得に関する各代理行為後といえども、すくなくとも控訴人が昭和四二年二月結婚して立川市に独立世帯を構成するに至るまでは、本件土地建物の処分管理についてある程度の代理権を有していたものであることがうかがわれ、周三はその代理権の範囲をこえて本件根抵当権の設定をしたものであり、他方、被控訴人は前掲(八)のとおり周三にその代理権があると信じて本件根抵当権設定契約の締結に及んだものであるところ、前掲(八)認定の各事実並びに弁論の全趣旨をあわせ考えると、被控訴人が周三において本件根抵当権設定につき正当な代理権を有するものと信ずるのに正当な理由があったものと認めるのを相当とする。

してみれば、控訴人は、父周三のした本件根抵当権設定につき、民法第一一〇条第一一二条により本人としてその責を負うべきものというほかなく、本件根抵当権設定登記は実体と符合しており、その間に何らの齟齬もないことに帰するから、控訴人の本訴請求は失当として棄却さるべきものである。

四、よって、右と結論を同じくする原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却すべく、民事訴訟法第三八四条第九五条第八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石田哲一 裁判官 小林定人 関口文吉)

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